八幡山の屏風

美術品として海北友雪(1598~1677)筆の祗園会還幸祭図屏風(京都指定文化財)を所蔵している。

はちまんやまのかいほうゆうせつ ぎおんえあとまつりやまほこじゅんこうずびょうぶ

八幡山所有で、特筆すべき京都市指定有形文化財の大変貴重な屏風を展示しております。350年前の徳川初期の作品で、海北友雪(かいほうゆうせつ)(友松の子)の筆で、祇園会後祭山鉾巡行図(六曲半双)を保存、展示しています。往事の祇園祭を偲ぶ、絶好の資料とされて居ります。この屏風は、十基の山鉾を上段に、三基の神輿還幸を下段に、金色の雲を隔てて描写してあり、おそらく前の祭りの半双も存在してはずで、精密華麗な極彩色で、十七世紀の宝永大火以前の情景が活写されています。寸法:116.6cmX316.6cm

屏風巡行列解説:上段(四条通)左より右へ

左端:八坂神社(鴨川) ①大船鉾②鷹山③浄妙山④鈴鹿山(松と上部のみ)⑤鯉山⑥役行者山⑦北(または南)観音山⑧黒主山(松のみ)⑨八幡山⑩橋弁慶山

屏風下段(三条通)右側:還幸祭・三基の御輿

屏風より抜粋拡大

八幡山

橋弁慶山

鯉山

浄妙山

大船鉾

はちまんやまのこうりんひゃっかずびょうぶ

光琳百花図屏風
金地に春夏秋冬の花々を描いた華麗な六曲一双屏風である。琳派風の装飾的な画面構成の中に、写生的な描写も見受けられる。落款によれば、天明二年(一七八二)九月に、円山応挙がある人のもとめに応じて尾形光琳の屏風絵を写したものであるという。ながく八幡山町内に伝えられ、近年では久しぶりのお披露目となる。

はちまんやまのびょうぶ

高士吟弾琴図 岡本豊彦筆 八幡山では、岡本豊彦作の屏風を所蔵しています。

岡本豊彦(1773~1845)は、字を子彦、号を紅村、鯉喬などとした。備中の生まれ、後に京都へ出て、呉春門下となり、人物・花鳥・山水いずれも巧みであったといわれる。呉春の弟である松村景文(1779~1843)とともに四条派の基礎を築き、後にその門からは塩川文麟らが出て、幸野楳嶺、竹内栖鳳と続いて、明治以降の京都画壇を形作ることとなった。寸法:幅155cmX高さ162.5cm

はちまんやまのびょうぶ

摺物貼交屏風(浮世絵)作者不明 寸法:幅137.5cmX高さ140cm

はちまんやまのびょうぶ

太宰府宮小路康文謹書屏風

宮小路浩潮は嘉永年間、比叡山で天台を修め、権大僧正となって筑前へ。空海の書法を究めた名筆家として知られた書家。

平安遷都千百年記念祭には下命によって、平安神宮応天門の扁額を揮毫。 他には国会議事堂(帝国議会)の扁額などの作品が有名

菅原道真公は広い知識を持っていて、古言に言う支配者が知徳に優れていて、家臣が賢ければ天下は富み栄える。
君主が賢明で、家臣が実直で有れば国は幸いである。

(1)「菅神博覧古言云主聖臣賢天下盛君明臣直国之」 六曲右隻

(2)「福也父慈子孝夫信妻貞家之福也」 六曲左隻

父が慈悲深く、子が孝を尽くし、夫が誠実で、妻が貞淑であれば、家は幸いである。

(3)福禄 二曲右隻

分を越えて求めることなく、財を費やさず、陰徳を積む者は、自ら福を得んや

(4)寿 二曲左隻

飽食大酒を禁じて、色欲を遠ざけ気血を養う者は、自ら寿を得んや